どこでも、楽しく、たくましく。

『どこでも、楽しく、たくましく。』の研究結果が、9年越しにまとまった芋煮会

芋煮会を開催するまで

東北から誰も知り合いのいない滋賀に来て9年。
ついに地元山形の魂とも言える芋煮会を滋賀で開催。150人を超える人たちに美味しい芋煮を味わってもらえる瞬間を迎えました。

知り合いゼロからスタートし、ようやくここまでこれたことに、3回目の歳女&厄年(役歳)は感慨に浸っています。


最初は近所のお店巡りくらいから始まり、
いろいろイベントに顔を出し、
自分たちと合いそうなコミュニティを見つけ参加。
徐々に自分ができることで少しずつお手伝いなんかをしながら、
フリーランスになり、夫婦で”ひとたし”も初めて、
コミュニティ作る方にも回り始めました。

少しずつ声をかけてもらいながら、
必要な失敗回数をこなし、
段々方程式のようなものが見え、
疲弊しない程度で、やったもん勝ちで都度勉強しながら、
できることを自分ができる最大限のクオリティでやってきました。


そんな中で、芋煮を作ってくれるけんちゃんと出会い、
場所から備品から全部貸してくれた西方寺さんと出会い、
当日も3人の子供を子守と、テンパってる私を支えてくれる夫や友人たちの元、ようやく、芋煮会を迎えるのです。

蓋を開けて見れば、150人の滋賀県民が参加。(うち山形県民1名ほど!)
みんな初めて食べる芋煮や玉こんにゃくを、美味しい美味しいとおかわりして食べてくれました!


私は料理は苦手だし、大学からずっと地元を出ているので、芋煮は食べる専門。今回はスープのけんちゃんと仲間たちが全部仕込んでくれました。地元民も納得の、本場越えのクオリティで感激。イベントの雰囲気も、まったりほのぼの楽しかったと感想をいただきました。


フリーランスでやっている「はやし自由研究室」のテーマである、『どこでも、楽しく、たくましく』が、ついに体現できた瞬間かなと思っています。

思ったこと【イベント編】



以下、今後のイベントのために、備忘録。

私がやったのは、チラシ作成と予約まわり、玉こんにゃくの準備くらい。
だから事前準備はそんな大変じゃなかったです。

心掛けたのは、なるべく当日のハプニング防止のために、地図とか、張り紙とか、リマインドメールしたり、それくらい。
イベント告知も1ヶ月前くらいからでちょうどよし。

予約の50組以上、150名以上は想像以上で、当初当日参加OKにしていたのを急遽ストップしたのが1週間前ほど。


芋煮の調理に関しては完全にけんちゃんに任せっきりで、我が家は”ひとたし”の里芋、西方寺すぐそばで運営している体験農園でとれた里芋を8キロほど提供。

餅は餅屋


前日の朝から1日がかりでけんちゃんチームが仕込んでくれていて、元焼肉屋店長のけんちゃんの包丁遣いにうっとりしながら、私は1時間ほどだけ手伝って撤収。

お代わり含め250人前くらいを調理するのがどれほど大変か、飲食業の人たちの凄さを目の前で見せつけられました。私も10年くらい主婦っぽいことはしてるけど、全然作業スピードが段違い。下準備しながら調理し、片付けまで並行している。これはほんとすごい技術。

日々私たちが食べる美味しいご飯を作ってくれる人たち、保育園で給食を作ってくれる人たち、そんな人たちの顔が思い浮かびました。けんちゃん、チームのみなさま、みんなすごいです。ありがとう。


やはり私は食べる側がいい。


西方寺の牧さんも、会場の机やイスなど、必要なものはほぼ現地に運び込んでくれました。私は0歳児がいることを言い訳に、そこら辺もほとんど何もしていない。皆さんありがとうございます。

人々の人生のあらゆる出来事と向き合う西方寺、文字通り百戦錬磨の牧夫妻がいたからこそ、スムーズに進められました。なんでもできる方々と一緒にできる心強さよ。


あとは、「準備が8割、いや9割」くらいの話を仕込み中にけんちゃんが話していて、そりゃそうだよねと思いながら、夜にはちゃんと当日の持ち物を準備完了したのは良かった点。

ドタバタは織り込み済みだったが


夜中、子供達の夜泣きに起こされながらも、ぐっすり寝て起床。子供達は夫に任せ、玉こんにゃくを7キロ(70串)ほど仕込みます。

こんにゃくを空炒りして、秘伝のタレと絡めるだけなので、所要時間は1時間未満。

そして案の定、予定より遅れ気味で9時頃会場入り。

え、雨が降っている???


前日の天気予報では早朝にちょっと降って後はずっと曇りのはずでした。
でも結構しっかり降っている。雨雲レーダーを見てもしばらく降りそう。

もしかしたらずっと降るかもしれないと仮定して、けんちゃんが屋外会場と、雨天時の会場を同時に開けようと判断。
そこら辺から想定通り、お猪口のキャパの私はテンパり始めます。

私とけんちゃんが司令塔になって、雨天仕様で2ヶ所の設営、駐車場誘導、受付、芋煮搬出など指示出しをしっかりできたら良かったのだけど、私は場当たり的に動いてしまい、みんなもどうしたらいいかとさぞ惑っていたことでしょう。

でもね、脳内では事前にちゃんとシミュレーションしていたんです。どうやら自分の認識してる自分と、現実の35歳の私はちょっとズレがあったみたい。

おじいちゃんおばあちゃんドライバーの「自分は大丈夫」みたいな、過去のいい時期で脳内は止まっているけど、リアルな自分はだいぶそれとは違う問題が如実に。

いや、そうでもないな、ただ指示役が得意でないだけかも?
それか場数が足りないだけか、大きいイベントが久しぶりなので感覚を忘れたか。

そんな感じだと思います。


数年前に、琵琶湖湖畔で、野外映画のイベントの裏実行役で入った時は、300人いれたので、変になんとかなるみたいな過信はあったかもしれない。


でもあの時から何年も経って、子供も3人になり、3歩歩いたらすぐ忘れるようになった。だから昔の自分は今の自分とは違うのだという前提で動かないといけなかったのです。

次回へ活かせる点



次回に活かせるとしたら、当日の流れや各人の動きを一度紙に書き出しておくこと。それをスタッフ全員に前日までに共有しておくこと。そうすると、準備忘れなどリスクは確実に減らせる。

当日その場で伝えようとなると、絶対抜け落ちるし、指示を受ける方も口頭だとわかりにくい。

まさか雨があんなに降るとは思わなかったけど、その場合も想定して必ずプランBも考えておくこと。準備にやりすぎはないですね。



ここら辺、毎回思ってるような気もするけど、今回も痛感。
失敗は繰り返すもの、忘れるもの、そういうもの。
無駄な心配や不安は不要だけど、考えられる最大限の準備は必要。
それをちゃんと視覚化することも大事。

落ち込む必要は全くないけど、次回に生かそうと思い、長文を書いてます。


結局のところ、雨は晴れ、晴天の中で開催できました。
ちゃんちゃん。

それでも、自主的に動いてくれるスーパーサブの皆さんと、焦りを癒しに変える心地よいサウンドを奏でてくれたパフォーマーの方々のおかげで、無事11時の開場を迎えました。


始まってしまえば、後は野となれ山となれ。


芋煮も途中で無くなることもなく、玉こんもいい具合に味が染みて、音楽も素敵なサウンドが終始流れ、それぞれが楽しく会話し、最高のイベントでした。


やりたかった山形ご当地クイズをやり、おすすめの龍上海のラーメンセットや玉こんにゃくを景品にできたし、みんなの前で猫ふんじゃったの連弾も弾き、子供達はテンションMAXで駆け回る姿、もう自己満足の極み。

誰かに手伝ってもらうなら



後片付けもみんな手伝ってもらって、16時頃には解散。多分お手伝いの方が10名くらいでしたが、ちょうどよかったです。

100〜300名規模の来場者なら、10〜15名くらいでいけるかなと思います。その10名も自主的に動いてくれる前提だけどね。


できたら、若い子が数名いた方がいいなというのが私の収穫。疲れた時にも明るく元気に盛り上げてくれる。

よく学生アルバイトなど、彼らのいい経験になることを理由に、ボランティアしてもらうことがよくあると思います。

確かに、慣れてないと明確に指示しないといけない場面はあるかもしれないですが、それでもちゃんと考えて動いてくれるし、体力はあるし、若さや元気が何よりの高付加価値。ドタキャンも可能性としてはありますが、事前にちゃんとコミュニケーションとることかな?大人だってドタキャンします。それはお互い様。そこも織り込み済みでの事前準備が大事。

やりがい搾取はしたくないので、ちゃんと対価は提供したいところですね。

誰に対してもですが、金銭で払えないなら、なるべく相当分でお返し。そこは心がけたいなと思いました。

と思っています。


なかなか実践はできていません。

とりあえずイベントのひとり反省会はこんな感じです。


思ったこと【はやし自由研究室編】

ここからは、はやし自由研究室の話。

『どこでも、楽しく、たくましく。』生きていくには、

心地よいと思えるコミュニティの数、その質や関わり方が大きな要因だと思います。

量質転換


自分と合う合わないは絶対あるので、とにかく出会いの数をこなすと、1つか2つは合いそうなコミュニティは見つかると思います。しかも1〜2回だとわからない部分もあるので、何回かは顔を出してみること。合わなくて抜けにくいことにならないようにそこら辺の見極めは重要。
それでも失敗することもあるけど。

太い糸が1本だと、切れてしまった時が致命傷になるので、なるべく細い糸が5〜10本くらいあったらなおよし。あと定期的に新しい風も必要です。

時間が経てば、人も価値観も変わります。最近日常がマンネリ化しているなと思ったら、コミュニティの新規開拓のサインかもしれません。

小さな川をジャンプする


さらに、幸福度を増したいのなら、コミュニティを作る側に回ること。
自分が少しでもできるor好きなことは、レベルに関わらず、手を挙げてやってみる。

最初は無料でお手伝いくらいになりますが、ちゃんと全力でやっていたら、少しずつ仕事になるはず。

自分としては趣味レベルでも、相手からしたらプロ級の場合がよくあります。だから、そんな私なんて〜とは言わず、〇〇はできます!と言い切ること。言い切り力、はったり、宣言力、言ったもん勝ち。これが仕事になるかどうかのポイントじゃないかなと思う。後は言ったら勉強して投資して、付け焼き刃も本物に磨いていくこと。

でも、ここで疲弊するまでタダでやるのは得策ではありません。

疲弊してくると、好きな相手に対して不満が出てきて、ついには好きだったはずのコミュニティも嫌になってくる可能性が。

ほどよい全力で、対価はちゃんともらいながらが長続きの秘訣です。

こんなことを繰り返していくと、多分日本中どこでも、海外でも、誰も知らない土地に行っても、楽しく元気にやっていけると思います。

改めて、方程式

(下記1~12)ⁿ=どこでも、楽しく、たくましく。

  1. いろんなところに顔を出す自分が合うコミュニティを見つける
  2. 自分ができることで何か貢献する
  3. 出来ることはプロレベルじゃなくても8割増しでアピールしとく
  4. 利益なくても疲弊しない範囲で貢献を継続する
  5. 会わない人は自然と離れる
  6. 規模問わずイベントなどを主催してみる
  7. 周りを巻き込む
  8. 定期的に新しい人と出会う
  9. 声が掛かった時は圧倒的にクオリティ出せるよう努力する
  10. 足りなかったところは勉強
  11. 段々仕事になってくる
  12. ちゃんとお金を取る、それに見合うよう勉強や投資

    ※あと繰り返し


とまぁいろいろ書きましたが。
芋煮会の翌日、夫が珍しく休みだったため、美味しいごはんでも食べにいこうかと言っていたのに、わたしの気まぐれで行けないという落ち。こういうところ、何回もやらかしている。反省しても、繰り返す。

歴史は繰り返す、
人生も繰り返し。

文字にしたからって清算できるわけではないけど、ごめんなさい。

これから

この人生での出産は終えたと思っているので、後は子供たちといろんなところに行ったり、いろいろ経験したいと思います。いつか海外でもちょっとでいいから暮らしたい。
海外でも、どこでも、楽しく、たくましく生きてみたいというのが私の目標。


最近、老年がテーマの映画を見すぎた影響なのか、いつエンディングが来るかはわからないので、楽しむことが最優先です。


楽しむにも元気じゃないといけないので、食事と運動はしっかりと。
春からいよいよ3番目も保育園なので、プール行ったり、長年恋焦がれてたキックボクシングしたり、いろいろ新しいところに飛び込んで行きたいところ。


後は、楽しむための資金も確保しないとなので、仕事はもう少し頑張りたい。参謀事業sanbowがロゴまで決めて放置しているので、そこら辺もなんとかしたい。ネクストゴールは売上300万。みなさん、お仕事くださいまし。


いろんなところに、片足の小指くらい突っ込んでおけば、きっと楽しい人生になるでしょう。


以上!

by
1987年生まれ 山形県出身・滋賀県在住 どこに移動しても、楽しくたくましく暮らすのが目標。そのために、主に仕事やプライベート、心地よい居場所作りをテーマに研究中。
SNSでフォローする