どこでも、楽しく、たくましく。

言葉も裸は恥ずかしい時がある。今日は何のフォントを着る?

大好きなあの人に会うときは、オシャレな服を着るように。
面接やプレゼンなど、ビシッと決めたいときはジャケットを着るように。

ありのままで感じるメッセージもあるが、フォントで伝わる想いがある。


フォントは、デザイナーなどの専門家が気にすればいいものと思われがちだ。しかし、フォントは、服を選ぶかのように、見せる場所や人によって選ぶものである。

日常に目を向けてみよう。仕事で資料を作る時、SNSで投稿する時、私たちは日々何かを言葉で伝える場面に遭遇する。プロじゃなくても、文字で表現する機会は多々あるのだ。


だからこそ、フォントについてもっと知りたいと思った。

今回は、10月9日に草津の宿場町沿いでひっそりと開催した「フォントの会」についてレポートします。

良くもわるくも気になるフォントたち

イベント第1部では、参加者の人が日頃から気になっているフォントについて、画像や実物を持ち寄ってわいわい話をしました。

「これって、何のフォントですかね?」
「あ、これは石井ゴシック体という書体ですね。」

「これは、ZENオールド明朝です。」

「スタバはAXISとAvenirというフォントが使われているんですよ。」




フォント名だけでなく、そのストーリーについても話が広がります。

GD-高速道路ゴシック-JAをはじめ、ファンや有志が非公式に作ったフォントもよくあるそうで、「フォントは熱意と愛情で出来ている」らしいです。

熱意と愛情のかたまりであるフォントの例  
出典:http://www.hogera.com/pcb/font/

こんな感じで、フォントを見ただけで当ててしまうこの人、本日のゲスト、滋賀県出身の筈井(はずい)淳平さんです。絶対音感ならぬ、絶対フォント感を見せつけられ、ただただすごいの一言。

筈井さんは、もともと動画配信の会社に勤めていて、最近では多言語対応の仕事などもしていました。まさに“人にどう見せるか”のプロであります。

会場となった「みんなのハナレ」

話をフォントに戻しましょう。
いろいろな事例を見ていく中で感じるのが、フォントは、商品や映像などが頭に思い浮かんでくるほど“らしさ”を表すということ。そのフォントを見るだけで、〇〇っぽい!と認識でき、ブランディングには欠かせません。

”らしさ”を感じるフォントの例 
出典:https://36ch.com/evangelion/eva_story/eva_story1/

フォントは深いと聞いていたけれど、それぞれのフォントに背景や想いがあり、面白いです。

「全ての物事に意味がある」

まさにそれを実感しました。

街中にあふれるフォント ~公共と文字~

第2部は、ゲストによるディープなフォントの時間です。
『公共と文字』という観点でのお話でした。
公共空間である、都市、高速道路、鉄道の文字を事例に見ていきます。

まずは、「都市と文字」です。イベント会場周辺の文字を探索しましょう。

DF 平成ゴシック体
ヒラギノ角ゴシック
DF 太丸ゴシック体

同じ空間において、同じ目的をもって使われている公共サインのフォントが、バラバラになっています。
都市景観は大事にしていながら、文字に対してはお粗末な面がある。看板や張り紙を作る人や業者毎にルールを変えすぎ。」と残念がる筈井さん。

同時に、
どんな文字だったら景観に良いだろうか、この張り紙はこの空間に邪魔にならないだろうかという問題意識を、公共に関わる上でもっと持ってほしい。
実際、日本全体に言えることだけれど、公共空間の張り紙で使われている文字がPCのバンドルフォント (WindowsやMacなどのOSに標準で入っているフォント) だけに縛られている傾向がある。必要ならフォントを買う選択肢を持っておいてほしい。」と話していました。

空間の中の様々な掲示でフォントが異なるだけでなく、1つの掲示物の中でもフォントがごちゃごちゃな例もあるそうです。
次は、多言語対応に関するフォントバラバラ事件を紹介します。

伝えたいことは一緒のはずなのに、言語が変わるとなぜかフォントも変わっています。

日本人が海外旅行に行った時、歴史ある美術館や世界遺産の案内看板が、POPな書体だったらどう感じるでしょうかーー。

一方で、横浜には「濱明朝」(https://typeproject.com/fonts/hamamincho)というフォントがあることも教えてもらいました。都市フォント構想を掲げる会社の方が横浜開港150周年を機に作り上げたそうで、街の所々で使われ始めているらしいです。

市営バスに使用去れている濱明朝 
出典:https://twitter.com/Yhama_/status/1174681023734378496

次に、「高速道路と文字」です。
遠くからでも判別する必要があり、分りやすさが求められます。

高速道路では、かつて「公団ゴシック」と呼ばれる独自の書体(フォントとしては開発されず、標識メーカーが独自に作成)が使われていたそうです。地名の中には難しい漢字もよくありますが、遠くから見ても文字が判別しやすいよう、複雑な漢字は簡略化されているとのこと。ユーザーファーストを感じますね。

出典:Wikipedia 京都南インターチェンジ https://ja.m.wikipedia.org/wiki/京都南インターチェンジ
出典:Wikipedia 飛騨清見インターチェンジ Opqr https://ja.m.wikipedia.org/wiki/飛騨清見インターチェンジ

写真では、“都”と“騨”が簡略化されているのが分かります。


さらには海外の「鉄道と文字」です。
ロンドンの地下鉄や電車、バスや案内の看板など、あらゆるところで「Johnston」というフォントが使われています。地下鉄の慌ただしい空間の中でも判読しやすいように作られていて、100年以上にも渡ってロンドンの人々に愛され、時代に合わせて今も進化しているフォントです。

景観や歴史を大事にしようとする想いも伝わってきますね。

公共空間においてのフォントの使用例を見てきましたが、空間でフォントが統一されていると「美しさ」や「らしさ」を感じることができます。

そう、まさに書体が空間や街を作っていると言えるのです。

ロンドンの地下鉄のような大きな組織や都市レベルで統一するには、経営者の文字に対する意識の高さが重要と筈井さんは話していました。



こうして様々な公共空間の事例を聞いているうちに、2つの疑問が湧いてきました。
①なぜフォントは統一した方がいいのか?
②フォントを意識せず使ってしまうと何が良くないのか?


イベント後に調べてみました。

①なぜフォントは統一した方がいいのか?

これに関しては、人間の本能が大きく関係しています。実は、人間の本能には、統一・一貫性を好む傾向があるのです。

プレジデントFamily 2013年1月号 「何にも長続きしなかった原因はこれだ!」https://president.jp/articles/-/13184

規則的に配列されているものが乱れている時や、いつもの習慣と違うことをする時など、抵抗を感じる人は多いでしょう。これはある意味、自然な姿かもしれません。バランスを取りたいという本能が元来備わっているからこそ、整っている景観や文字に好ましさや安心感、正しさを感じるのだと思います。

「心斎橋筋商店街の人混み」の写真
大小さまざまな看板や文字が溢れている例

②フォントを意識せず使ってしまうと何が良くないのか?
多言語対応でフォントがバラバラになる事例もそうですが、伝えたいことが正しく伝わらない可能性があります。 禁止事項や危険を知らせる文言が、POPな書体で書かれていたら、なんだか危機感がありません。高級なサービスなどを扱っているはずなのに、丸ゴシックだと安っぽく感じてしまいます。

これは、フォントのいい部分でもあり、気をつけなければいけない部分でもあります。伝えたいことの印象を変えることができるのです。デザイナーさんに対しては、それほどでもないものには素敵なデザインであまり期待値を上げすぎないでほしいと私は密かに思っています。

改めて、第2部からの学びは、表現したいものに合ったフォントを選び、全体で統一感を持たせるという意識が大切ということです。
面接に、部屋着で行く人はいないですよね。

街づくりや企業のブランディングなど、多くの人が目にするものほど、文字やデザインに対する意識というのが問われるのではないでしょうか。


“The quality of our surroundings contributes decisively to our quality of life”
(周囲の環境の質は、自分たちの生活の質に大きく関わってくる)



ロンドンの公共交通における空間デザインに大きく寄与したフランク・ピックという人が信念としてきた言葉だそうです。 (https://blog.excite.co.jp/t-director/26166842/

フォントを使いこなすには

締めの第3部は、フォントに対する質問コーナーです。
当日の質問から、2つご紹介します。


①最近はどんな文字のトレンドがあるの?


文字そのもののトレンドというより、1つのフォントファミリーでも、太さや字幅だけでなく、様々なデバイス環境に適したバリエーションを提供する書体が増えているそうです。

例えばアップル。使われているのは「San Francisco」というフォントですが、デバイスに合わせて多くの種類が展開されています。

当日のスライドより
出典:https://qiita.com/usagimaru/items/da88c0a8793f23633c28

それもそのはず、昔は主に看板などのために使われていたフォント。今となってはアップルウォッチからビルの広告まで、距離感が全く異なります。時代の変化に合わせて、最適なフォントを当たり前に設定している――、仕事がきめ細やかで惚れ惚れしますね。

こうやって、丁寧な仕事ぶりを目の当たりにすると、心が揺さぶられます。
私たちも日々の仕事は目立つような仕事ばかりではありません。でも、どこかで誰かの心を動かしているかもしれないと思ったら、もうちょっと頑張ろうか、と勇気が湧いてくるのです。



②フォントの選び方ってありますか?


有料無料に関わらず、数えきれないフォントであふれている今。
筈井さんからは選び方をたくさん紹介してもらいましたが、ここでは4つのポイントをお伝えします。

①ふところの大きさ(線と線の内側の空間)
②ウェイトがあるかどうか(太字や細字などのバリエーション)
③使う場所や見る人に適切か
④多言語対応しているか

出典:滋賀県翻訳・多言語対応ガイドライン https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kurashi/kokusai/10892.html



そして、キーフォントを決めて、そこをしっかり押さえると、あとはいろいろ変えても統一感があるとのアドバイスも。

なるほど、明日からでも使えそう。
さらには、「ないなら作ればいい」と力強いお言葉。


ターゲットや目的に合わせて表現を変えるというのは、一見難しく思えるかもしれませんが、 日常生活を振り返ると私たちは無意識に行っています。
冒頭にも書きましたが、洋服を選ぶ際は、自分をどう見せたいかやTPOによって着る服を決めることでしょう。デザインの専門家でなくても、相手に合わせてアウトプットを変えるということに関しては、私たちは日々実践済みです。それを、フォントでもやってみるということなのです。

フォントの奥深さに触れ、使う側が持つべき視点を整理できた時間でした。参加者の方が作ってくれた渋皮煮をほおばりながら、イベントはお開きに。

まとめ

改めて、今回のイベントのお持ち帰りは、以下の通りです。

・フォントは奥が深い。愛情と熱意のかたまり。
・フォントだけでも“らしさ”が分かる(=ブランディングに不可欠)
・景観作りにもフォントは大きく作用する。
・建物だけでなく、細部の文字に対する意識が重要。
・相手(場所や人)によって適切なフォント選びを。
・丁寧な仕事は誰かの心を動かす。


簡潔にまとめるとすれば、「神は細部に宿る。フォントを意識して使おう。」というところでしょうか。

難しく考えず、自分がどう表現したいか、相手は何を求めているかを考えるところから。きっと、素敵なフォントに出会えるはず。

ぜひ服を着る感覚で、フォントを選んでみてください。
もし合う服がなければ、フリーフォントか有料フォントを探してみるのです。
なかなか見つからなければ、手書きで書いてみるのもあり。
兎にも角にも、まずは意識をするところから始めてみましょう。

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1987年生まれ 山形県出身・滋賀県在住 どこに移動しても、楽しくたくましく暮らすのが目標。そのために、主に仕事やプライベート、心地よい居場所作りをテーマに研究中。
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